【発表者】
歳森 彰(Akira TOSHIMORI)ジャズピアニスト
【企画・進行】
寺内 大輔
【報告】
●寺内: では、後半の部に入りたいと思います。後半は歳森彰の無音ストリートなんですけど、実演そのものは既に休憩時間の間にしておりました。
●参加者: あ、そうだったんだ(笑)
●寺内: お気づきだった方も、そうじゃない方もいらっしゃると思うんですけど。では、歳森彰本人から、解説と紹介と、議論のための問いについて、お話いたします。お願いします。
●歳森: この場で、ステージで実演しても、ストリートじゃ、全然ありませんので。ストリートというのは、通りがかった方が、ひょっとしてきくかもしれない、という環境であって、ステージするよりも、休憩時間にやった方がいいんじゃないか、と。
それで、お一人の方がちょっとだけきかれました。偶然、きかれました。
無音ストリートというのは、資料を2枚、お配りしています。ワイヤレスヘッドホンを用意しています。演奏者もワイヤレスヘッドホンをして、2-30m位は、電波は届くんですけれども、ききたいオーディエンスだけがヘッドホンをつけて演奏をきく仕組みのストリートライブです。
問いとして、2つ設定しています。まず、2番目の方から説明します。
問い2
即興行為が目指すものの一つは、さまざまな状況に対応することでしょう。そうならば、今話題の「聴かれる」とか「聴かれない」、あるいは「見られる」とか「見られない」、それから「練習」とか「本番」というのも、いろんな状況と考えられる。そういう異なる状況などに対応することも、即興行為が目指すものではないでしょうか?
という問いです。
これに関して実際に録画した映像をご覧ください。
録画したのは、2011年9月6日、すごくゆっくり進行した台風がありましたけども、それが通り過ぎた日でした。京都市の三条大橋と三条木屋町で撮影しています。
(映像1)
まずは三条大橋。ここは三条京阪駅の出入口です。鴨川の東岸です。通行人はチラリと見たりしながら通り過ぎていっています。黒いスーツの紳士の向こうが三条大橋です。
ラミネートしたサインに「ご迷惑かけない無音ストリート」「ワイヤレスヘッドホンでおききください」と書いています。
今、女性がきこうとしましたけども、このワイヤレスヘッドホンは頭に装着して3秒間、時間がたたないと電源ONになりませんので、この女性はきこえてはいません。
けっこう、その3秒間の間にワイヤレスヘッドホンをはずしてしまう方が多いです。
ですから、きかれそうかな、と思っても、実際きかれない場合が多いわけです。
若い女性3人、何をしゃべったかと言うと、パチパチと手をたたきまして「めっちゃ面白いんや、この人」と通り過ぎました。
会場(笑)
今の話題の「聴かれない」に関係しますが、寺内さんの「聴かれない」というのは絶対的というか、人にきかれることはあり得ない、という設定ですけども、私の無音ストリートは、きいていただくことを準備していますが、実際はきかれない時間が多いということです。
演奏全体の時間のうち、きかれる時間の割合は、少なくて1%、とってもヒマな人が待ち合わせのついでに半分位、50%位きく、という場合もありますが、だいたいにおいては、ほとんどきかれないで演奏しております。
(映像2)
同じ場所で別アングルです。信号の手前では、人が止まりますので、信号待ちのついでに、あのようにこちらを眺めております。
通りすぎる場合は、短い時間、ほんの1秒、2秒、3秒、チラチラと見る、正に一瞥が多いです。
(映像3)
私から見たアングルで、このように2秒ほど見ていく、という感じです。
(映像4)
次は場所を変えまして、三条木屋町、もう夜になります。同じ日です。
会場(笑)
ここは繁華街で、あのように、人の何と言いますか、人気というか、ちょっとハイな雰囲気があります。ので演奏する方も、ややハイかな、と思います(笑)
会場(笑)
左右、後ろまで見ながら演奏しております。今回はきかれない、というのがテーマですから、きかれない場面を採用しています。
途中で白い車が止まります。私はこれを京都市で200回以上やっております。けっこう見ている人は多いのです。
あまり妨害に合うことはないです。これはちょっとした妨害です。たまたま、これを映しているときに。この車です。
後続車があるのに、このように止まって、ケチつけてくるみたいな、ちょっとイワクありそうな若い男性の集団です。
1人降りてきます。ちょっときこうとします。電源ONまで多少時間がかかりますので、これは音は鳴っていません。
何かぶつけるのですが、これは紙のような、タバコの殻のようなものをぶつけます。
会場(笑)
ちょっと怖いお兄さんが乗っていましたけども。
このように直接的な妨害というか、妨害ならば、ワイヤレスヘッドホンが鳴っていないと思えば、それをどこか川に捨てるとか、そこまではいきません。
つまり、ほとんど妨害には合いません。むしろ、長くきいて、何の曲をやってくれ、とか、そういうしつこい人はたまにいます。そういうときは逃げます(笑)
物をぶつけるというのも、ある一つの音楽に対する解釈かもしれませんので、あえて採用しました。
(映像5)
同じ場所で別アングルです。あのように「無音」と目立つように書いております。
会場(笑)
集団の飲み会帰りのような若い人たちが、なんや、なんや、と言いながら、歩いてきます。何を話しているか、というと、
「無音ストリートやって」
「どういうこと?」
「音ないやん」
「意味ないやん」
「何て書いてたん」
と言って、通り過ぎています。説明書きは読んでおりません。単に音を出さないで演奏しているだけだ、と思われています。
以上が映像です。さきほどの問いの、さまざまな状況「聴かれる」とか「聴かれない」も含めて、状況に対応するのも即興行為の、ある一つの目指すものではないか? あるいは対応、訓練というか、するものではないか、というのが、問い2です。
これで映像を終わります。
問い1
自己満足に関する問いです。
「練習」は「他人に聴かれない」けれども、人前ではしないので、練習は一応よいこととして推奨されます。でも、無音ストリートは、ほとんどの時間、聴かれない時間が多い。その時は、驚かれるか、しばしば嘲笑されます。いったい、なぜ嘲笑されるのでしょうか。人前でやってはいけないのでしょうか。
これに関してですが、私はTwitterでコメントを収集しています。若い人は、珍しいことが町中であったら、ツイートする場合が多いです。「無音ストリート」とかで検索して、ツイートを多く収集しているのです。
その例を5つあげます。
(Tweet1)こないだやってたのこれかー。客は寄りついてなくて、無音の中で本人だけがノリノリという異様な光景だった
(説明)これは、私が最も気に入っているツイートの1つです(笑)
(Tweet2)まちがいなさすぎ(笑) RT B: 家でやって RT B: A: B先生こんばんわ!迷惑をかけない無音ストリートミュージシャン(ヘッドフォンつけてキーボードカチャカチャしてる)を見かけましたよ
(説明)これはリツイートがダブルの入れ子になっています。
まずAさんが、こういうのを目撃しましたよ、とB先生に言います。するとB先生が「家でやって」。正に今の話題に近いです。簡潔なコメントです。
そしてTweet主さんは「まちがいなさすぎ(笑)」。人にきかれてないんだから、いくら間違えてもわかんないだろう、という意味ですね。
ヘッドホンできける仕組みは多分わかっていないと思います。
(Tweet3)街頭でヘッドホンつけて演奏してる「人様に迷惑をかけない 無音ストリートミュージシャン」なる人がいた。一人で楽しそうにリズムに乗りながらキーボード弾いてはった。いいもん見た。
(説明)上の2つとは全く違います。実際は「ご迷惑かけない無音ストリート」ですが、伝言ゲームのように、いろいろ語句が付け加わって、「人様に」とか「無音ストリートミュージシャン」に変化しています(笑)
京都ですから「はった」という敬語です。「いいもん見た」とコメントいただいています。これは「異様な光景だった」とは異なる解釈と思われます。
(Tweet4)路上でヘッドフォンしてキーボードを無音で超ノッてひいてる人を帰りに見るんだけど、そういうパフォーマンスなのかマジ**なのか判断がつかなくて視線を送りづらい
(説明)**の部分は放送禁止用語です。私がカットしております。視線を送る、つまり、見るだけでもなかなか抵抗がある、というのを表していると思います。そして最後、
(Tweet5)百万遍の交差点で無音ストリートと謳ってエアキーボードやってる人いる*シュールすぎる
(説明)これは、きかれない演奏といっても、エアキーボードという、エアギターみたいな、パフォーマンスであると解釈してコメントしております。
一瞬だけ見ると解釈は多様になり、そういう解釈を読むことができるのが、Twitterの面白いところです。そういうコメントを多く収集しております。
今の部分が、問い1の参考資料です。どうして人にきかれない演奏を人前でやることに抵抗があるのでしょうか。
これで、まとめて全て説明を終わりまして、後は進行は、寺内さんにお願いします。
【議論】
●寺内: はい、じゃあ、議論に入りたいと思います。
●参加者: 3秒たたないと聞こえないというのを、ちゃんと説明はしていないのですか、そのヘッドホンのところに。
●歳森: はい、していません。
●参加者: それは何でですか。
●歳森: その3秒以内ではずす、というのも含めて、聴取行為の偶然を、ちゃんと説明するという案も考えました。そうしたらいいかなとは。
でも、きかれないのもいいかなと、それで、はずした人は、やっぱり無音だ、これはだましている、と解釈しているわけですから、それも面白いかな、と思ってそのままにしています。
それと特に3秒待てない人は若い男性に多くて、行為の決断が早いんですね、待てない。
逆に外国人は必ず待ちます。判断しないで、しばらく待ちます。女性も待つ場合が多いです。みたいなのも観察できて面白いです。
●参加者: それも意図なんですか。ホントは無音じゃないじゃないですか。ヘッドホンしたら有音で。でも、かなり多くの人が誤解している。
●歳森: 見るだけでエアキーボードだと誤解している人が多いです。ワイヤレスヘッドホンを手にする人自体、ごくわずかの割合ですから、その中でやっぱり無音でエアじゃないか、って言われるだけです。
●参加者: エアと思われても別にいい。
●歳森: はい。
●参加者: 無音じゃなくてエアだと思われたのは、これ褒めているんですけども、歳森さんの動きがあまりにも面白すぎた、というがあったと思うのですよ。
あれは普通にエアピアノやってる、と思っちゃうよね、というくらい、面白かったので。
●歳森: はい、設定した問題について。
●寺内: そうですね、人にきかれる、きかれない、ということと同時に、ここでは、人に見られる、見られない、ということも関わってきているのではないか、と思います。
これはちょっとぼく自身の質問とも関わるんですけど、さきほどの質問とも関わるんですが、「無音の中で本人だけがノリノリ」というこの「ノリノリさ」、というのは意識して演出して、見られるというのを意識してやってらっしゃるのですか?
●歳森: えっと、あまり、その、質疑応答をしたくないんですが(笑)
●寺内: ああ、そうですか(笑)
●歳森: 会場の論議で。私の説明はもう終わり、ということで。
●寺内: あ、そういうあれ?(笑)
会場(笑)
●歳森: むしろ会場の中の議論で、解釈で。
●寺内: じゃあ、そうしましょう。この方(歳森)はもう放っておく、とうことで(笑)
会場(笑)
●参加者: はい、そこでわたくしの話が出るとよいと思うので。最近、歳森さんがブログとか、MIXIで記事を書いているのをけっこう読んでいるのですが、毎回はさすがにちょっと読めないですが、白状しますけれども、けっこうときどき読んでいますけども。
最近、ちょっと、歳森さんが神格化しましたよね(笑) 拝まれる寸前のような雰囲気みたいな。つまり、お賽銭箱をつけるといいんじゃないか。
われわれはストリートじゃなくても、ライブ会場でも投げ銭ライブをやりますよね。投げ銭のときは1000円が単位、1000円、2000円、3000円、そういう単位ですけど。それ以下はちょっとあれ。
しかしこれなら、お賽銭の単位でもいいんじゃないか。私は「そのうち拝まれるようになるでしょう」なんで書き込んだりしたんですが。
今ですね、ビデオを見て、改めて思ったのですが、何を思わせたか、というと、虚無僧を連想しました(笑)
無音という字が、何か禅の公案みたいな。京都ですしね。
なんで虚無僧かというのは、虚無僧というのは、結局自分のために演奏しているわけですよ。自分のために人前で演奏しているわけですよ。
人に対してという建前ではなく、自分の修行のために演奏していると。
ですから「きかれない人前パフォーマンス」は昔からあったんじゃないか。
それから練習もきかれないかどうかというと、例えば、インド音楽なんかでは、練習も神様がきいているとかね、そういうのありますでしょう。
だから人間だけでなく、何か、お客さんと自分以外の何か第三者が、超人間的な存在とか介在するかもしれないですけど、いうようなことを思わせるような画像でございました。私には。
●寺内: 似たようなことで、そのつながりなんですけど。キリスト教では宣教師というのがいて、広めますけども、仏教って宣教師がいないですよね。
あそこの山奥に、なんかすごい坊さんがいる、見に行くみたいな。そういう佇まいを連想させるものがあって。
それと関わって考えたのが、ここにある問い2に「状況への対応」という言葉が出てくるんですけれども、「状況への対応」というのは、非常におおざっぱに分けると2種類あると思って。
状況によって変えていくのか、あるいは、いかなる状況にあっても変えないでいく、というのも、これも状況への対応と思うんですけど。
このビデオの解説の下の方でも、きかれようと、きかれまいと、同じように演奏したいことが目標だ、と本人が書いておられるということは、ここでの状況への対応というのは、どんな状況でも変わらない、というのが状況への対応なのかな、というふうに感じました。
その意味で、何か修行みたいなんですよね。それで、ぼくも、ちょっと、お坊さん、とても似た捉え方をした、その意味で、非常に仏教的な感じを受けました。
●参加者: ぼくも前からずっと考えていまして、歳森さんとは、ストリートで演奏中にお会いしたときには、修行みたいなものです、と仰っていたのです。
ぼくは虚無僧というか、インドのストリート修行僧。観光地でやっていて、修行行為でも、かなりアクロバティックというか、体に針を刺したりとか、人目を引くような修行をして。
虚無僧より、そちらの方を連想しました。それで、精神的に自分を高めていく。
演奏行為というのも、さっきの「耳の音楽」でも、きかれない演奏というは、パフォーマンスと練習行為の間にあるのかな、という感じを受けました。
●参加者: ちょっとぼくは少し捉え方が、みなさんと違っていて、ぼくは、ちゃんとヘッドホンを用意して、きける状態にしている時点で、きかれることを前提とした演奏なのかなと、それがほとんど100かなと。
いろいろききたいですけど、きいちゃダメということで、感想になっちゃうんですけど。
そこで3秒間以内にはずしてきかれないのも、また一つ面白いというのも、あえて説明しないというのは、逆にあざとくて、ぼやけちゃってて、ぼくはなんか残念かなって。
無音ストリートという、迷惑はかけないけど、ききたい人だけにきいてもらえるのは、新しくて面白いな、というのは思ったんですけど、それ以上にいろんな意図が入っちゃうと、なんかよくわかんなくなっちゃうな、という感想です。
もう一つ、きかれる、きかれない、の前に、見られる、見られないのがくると思うんですよ。
で、何というか、それもすごい重要なファクターなのかな、と。歳森さんは多分、本人さんは意識されていないと思うんですけども、ぼくの個人的感想ですけども、歳森さんのパフォーマンスは、すごい人の目を引きつける、演奏の仕方とか、いでたちとか、というのがあるんで、例えば、やっているのもジャズというジャンルというのも、かなり意味があるのかなと。
例えばぼくが黙ってただエフェクターをいじって弾いていると、ただの存在価値のないものになるのかな、と思ったり。
そういう意味で、パフォーマンスとしてすごい見せている気がしました。
で、それも、見せる意図がないなら、覆い隠して見えないようにしちゃうとなると、それこそ何もわからなくなる、極端な話になります。ですから、視覚的なパフォーマンスと思いました。
●参加者: このパフォーマンスに、何か一つ足すかね、何か一つ引くかしたらね、音楽の原理そのもののに肉薄するような、何かにさわるような気がするんですよ、このパフォーマンスって。
何かが足りないか、何かが過剰なんです、一つだけ。ぼくにもわかんないけど、何かヒントがあると、ぼくは思うんですよ。
すると、即興とか、音楽の生成のね、何かがさわってくるような気がします。
それは歳森さん、考えたらいいと思うんですけど、オッというところで、何かが見えてくるんじゃないかな、と思います。ぼくもよくわかりません、それは。
●参加者: それに関連するかと思うんですけども、前半で寺内さんが仰っていた、小学生に受けたことを覚えて、それをやろうとしてしまうことに対すること、それは別にいいじゃないか思うんですけど。
よく覚えてしまう、というのに共感してて、それはなぜだろう、と考えていたんですけど、この無音ストリートは、お客さんがいようといまいが一緒のことをやっていますよ、というのが、一つの大事なポイントのうちかな、と思うんです。
つまり、さっきの状況への対応の話でいくと、影響されないぞ、というメッセージを強く出すみたいな。
問い2の答えとして考えていたのは、それって、怒られるかもな、と思って。
白い車の人が何か投げた、というのが。確かにああいうことが起こりうるだろうな、とぼくは思ったのです。
どういう感情だろう、とぼくが思ったのは、きかれたいんだったらサービスしろよ、みたいな、そんな感情かな、と思って。
それって、即興演奏に対して、いつも言われる可能性がある言葉なのかな、というのを感じました。
●寺内: そうですね、きかれたいのか、そうじゃないのか、というのが、ぼくもちょっと同じように思います。
やっぱり3秒というのが、多分ぼくも待たないかな、待つかなあ、どうだろう。きこえなかったら、故障しているのか、だまされたという気持ちが出てくるかな、って思うんですよね。
●参加者: 歳森さん、何もしゃべらない、って言っちゃってるけど、有音でやったときと、無音でやったとき、どう意識が違うんですか。
●歳森: ・・・
●寺内: しゃべらないでください(笑)
会場(笑)
●歳森: それは全然違います。
●参加者: しゃべった(笑)
●参加者: もし、よかったら、有音と無音で演奏してやってみてほしいんですけど。
●歳森: ・・・
●寺内: 予期しない展開になりましたけど、どうですか。断る権利はあると思いますけど。
●参加者: というのはね、時に有音だけどほとんど無音、というのも面白いと思って。つまり、何か偶然で何かがファクターでスピーカONになる瞬間が、1分に1秒位であるような。
●歳森: それがワイヤレスヘッドホンなのです。ワイヤレスヘッドホンで実際きく人がいなくはありません。そういう人は、たまには、すごくしっかりきく人がいます。
そのときは、その人との、ある種のショータイムになって、乗せることも考えますし、その人が早く行きたそうだったら、エンディングしてさしあげます。
●寺内: 全然、同じように演奏したいじゃないじゃん(笑) きかれようと、きかれまいと同じように演奏したいのが目標って書いてあるけど(配布資料)、相当意識してます。
会場(笑)
●歳森: はい、きかれたらショータイムです。
●参加者: そういうことか(笑)
会場(笑)
●寺内: じゃあ、これ(配布資料)はウソですか。
●歳森: でも、やっぱり同じような、です。ショータイムでも、誰もきかれないでやっているときも、同じようにスウィングすることを目指しているわけで、それの部分は同じです。
●寺内: ・・・
●参加者: 私はむしろ、この形態というのは、別に普通の音楽と、ある意味で思っていて。例えば、あの3秒というのも一つの仕掛けになっていて、あれがなかったらすんなりきけちゃうわけですよね。
すんなりきけるなら、そういう人ばっかりなら、果たして面白いかどうか、ちょっと歳森さんにきいてみたかったですけど。すんなりみんながきいてもらう方がいいのかどうか、ということ。
でも、お答えない、ということなので、ちょっとしゃべると(笑)
驚かれることを人前で実行することを、これって例えば海外でやったらどうなのかな、とかすごい思う。
ストリートにすごい慣れてる土地とか行ったら、意外とすんなりきいてくれる人が多いんじゃないかとか思うんですけど。
そう思うと、歳森さんが収集したTwitterとか、いつも爆笑しながら見てるんですけど、要するに何が面白いか、というと、そのきいている人の反応で、その人が音楽とか、音楽をきくということを、どう考えているか、というのがTwitterのコメントにすごい表れているから。
例えば、腹立つというのも、音楽ってこういうふうにきかされるもんやろ、こういうふうにやるもんやろ、っていうのを多分覆されるから腹立ったりすると思うんですね。
そういうような反応というのが、その人の固定観念をばーっと打ち破るっていう瞬間があった方が、歳森さんが面白いと思っているのかどうか、というのを聞いてみたくって。
私は歳森さんのことを知ってしまっているから、京都によく行くんですけど、知る前にその面白さを味わいたかった。
私は知らないでこれに遭遇したらどういう反応をしてたのか、というのがすごい気になるんですけど。
ですからTwitterとか、そういうのが、ちゃんと踏まえておられるのかな、とか、って。
ぜひ海外版とか、海外100回達成とか、そういうバージョンとかもあったら、超面白いなとか。
●寺内: そうですね、それ見たいですね。やっぱり場所が違えばね、人が違えばね。
●参加者: 場所が違えば、全然違う。さっきも海外の方はじっくりきく方が多いって。ストリートに対して全然違うのでは。
●参加者: 恐らく日本国内でも場所によって違うでしょうね。
●参加者: 私はミュージシャンではないし、即興とかライブにはほとんど縁がないです。それで、ここに来ていると思ってください。
で、今、歳森さんを見てて、読んでて感じたのは、これを読んでいますと、自分自身のヘッドホンの音量を下げているので、通行人のしゃべっている声が聞こえている状態だったと。
こんなことをしゃべっていた、と見事に再現しておられて。
それはどうして、ご自分のヘッドホンを下げられたのか、考えたんですね。
何が言いたいのかというと、見られるか、見られないという話になるんですけど、通行人の方はパフォーマンスを見る。
演奏しているのは、あの人であって、白い服着て、デジタルピアノを弾いている人であって、そこに本来なら注目が集まるであろうというわけですね。
主役はそこですね。通行人は観客ですね、通行人にすぎないです。
ところが、ふたを開けてみると歳森さんがずいぶん通行人を観察していて、しゃべり声もきいていて、Twitterでその後の反応までチェックして。
見られているのは、歳森さんだけじゃなくて、全く不本意に、通行人の人たちは自分たちが観察されているというか、というふうになることなんだなあと。
私がもしライブに行ったとして、あんまり行ったことないのですが、そんなふうに、自分の反応をミュージシャンの人が実はこのようにすごく観察しているとなると、何か心配というか(笑)、何か、そんなことありなの、みたいなことをちょっと思ってしまったんですね。
もし私が偶然前を通ったとして。それでなんかビデオなんかで、こんな学会で発表されてるなんて(笑)
会場(笑)
そんなこと感じた方、いらっしゃいませんか? あるいは普通なんですか。あんなものなんですか、ミュージシャンって。
●寺内: 今言われて、ああ、そうだなあ、って思いました(笑) すごい、納得したというか。
ぼくも歳森さんの立場だったら、通行人を見たいという欲求が出るだろうと思う。
●参加者: むしろ、そのためにやっているのかな、という気がするんです。
会場(笑)
●参加者: やっぱり何を意図されてたんかなあ、っていう、私の中でつじつまが合うのはそう。
今しゃべったことと話題は変わるのですが、「ご迷惑をかけない無音ストリート」でなくて、「無音(有音)」位にしておけばとか。
●寺内: 後、「あなたも見られてます」とか(笑)
会場(笑)
●参加者: 面白い、面白い。
●参加者: 私も多分、歳森さんは通行人の反応が面白くてやっているんだろうな、って、ずっと思ってたんで。
私が、もし全く同じあのシステムをもって横でやったらどうなるかとか。あるいは、10人位でみんなあんなのを持って同じところでやったら。
そしたら、また全然意味合いが違ってくるし、そしたら観客の人がシステムをその瞬間に理解しちゃうんじゃないかな。
このヘッドホンできけば、この人の演奏がきこえるとか、いろんなことを考えました。
勝手に共演し始めた人とかいません?
●歳森: しようとされた方はいました。リコーダーを持っている人で、上半身裸でリコーダーを吹くというパフォーマンスをしておられる人で(笑)
その人が現れて、勝手に隣で吹こうかなと思ったんだけど、自分のリコーダーは有音だから遠慮した、と。
会場(笑)
え、でも今言われている「無音ストリート広場」は企画中です。広場でたくさんの無音演奏を一同にやる、というのを。そういう人が現れてくればできるんですが。
●参加者: そうなってくれば、よりイベント性が強くなってきて、けっこう普通のイベントになってきて。
一人でやると虚無僧ですけど。ストリートは、けっこう普通の人も、あらゆる人を、通行人を対象としていると思うんです。
ぼくなんかだと、どうしても音楽きくと、どういうふうにできているのか、音がどうか、とか、すっごく考えちゃう、 分析しちゃうクセがあって、それが楽しくてやっているのですけど。
普通の人って、ライブに行くのが好きといっても、セッティングがどうことかじゃなくて、やっぱり鳴ってるの、わーっとやってるのを見るのが楽しくて行くから。
無音ストリート広場という場を作って、その場にいて、それを見るというのが、音どうこうよりも、すごいファクターとしてでかいと。
そうすると普通のライブになっちゃうかなと。
それは、でも、また一つの形として、すごい面白いかなと。
●歳森: さきほど言われたことですが、普通のステージと客席という聴取形態の構図っていうのを変えたいというのはとても思っています。
だいたいにおいて、ステージから発しますよね。発して客席では受け取ると。どうしても固定型の構図です。
無音ストリートとは別に有音で自分が動きながら演奏する、というのもやっているんですけども。それはある地下街の広場でです。
遠巻きに見る人が多いです。広場なんかでパッと遭遇した場合。
●参加者: 何が動くんですか?
●歳森: この楽器は動きますから、自分で動かしながら演奏しているのです。
遠巻きにする、というのは第三者性で、でも、様子を見ながらぼくの方から近づきます。
会場(笑)
場合によっては超かぶりつきにまで近づいて、もうびっくりしていますけど。
そうなると聴衆の立場がすごく変化しますよね。そういうこと自体をいろいろ実験してみているんです。
それが何につながるかは、とてもいろいろ問題があるかと思います。聴衆の方が実験されている、実際そうでもあるんですけども、聴衆の立場が変わります、1秒見るだけで通り過ぎるか、遠巻きか、超かぶりつきかとか。
そのように聴衆の立場が変わるような聴取形態があれば、こっちの演奏する側も何か変わるんじゃないかと、それを求めています。
●参加者: さきほど怒る人がいるのもわかる、という話をしたのですが、その意図はどういうことかというと、怒る人がいるのはわかるんですけど、演奏者としては、そういう状況はイヤだなと思っていて、お客さん勝手だな、ってよく思います。
勝手でいいんでしょうけど、すごい安全なところから、第三者性というか、いいたいことを言うというイメージがあって、自分がイヤなこと、何か言われて傷ついた経験が反映されているかもしれないんですけども。
そういうのを、打ち破ろうと思ったこともあって、その辺は歳森さんの活動に期待します。
●寺内: 時間がそろそろなので、後お一人、これでラストにさせてください。
●参加者: このラウンドテーブルでお二人をシンポジストとしたら、歳森さんは「無音シンポジスト」だったんじゃないかな、という印象が残りました。
今日、初めてお会いして、初めて画像を見たので、ホントにいいものを見せていただいたという気持ちなんですけど。
いつもやってらっしゃる無音演奏のやり方と、今日の無音シンポジストの間で、無音シンポジストであるからこそ、みんながいろんなことを言って、いろんなことが回って、言いたいときは、ガーッてお話されているし、そうじゃないときは、黙っていらっしゃるし(笑)
無音演奏のときのパフォーマンスの仕方と、今日の無音のシンポジストのいらっしゃり方と、ちょっと共通性があるのかなと、ちょっとごめんなさい、今日は勝手に初めてお会いしたのでわかんないですけど。
●寺内: 今も見られている感じしますよね(笑)
会場(笑)
●参加者: そうそうそう。
●参加者: めちゃくちゃ観察されてる(笑)
●参加者: それらを含めて歳森さんの音楽性の素晴らしさというか、強さというか、そういったものを私は感じました。
●歳森: ちなみにこの無音の演奏は、ぼく一人で始めているのですが、将来は誰でも、例えば、家の前でお父さんが日曜日にやってもいいと思っています。
会場(笑)
そしたら、近所のおばちゃんが、あ、かっこいい、って言ってくれるかもしれないし、無音で迷惑かけないんだから、いくらでもできますから。
●寺内: 将来はそんな。そんな壮大な計画なんですか。
●参加者: そのヘッドホンシステムは普通ですか、安いんですか?
●歳森: 家庭用の普通のワイヤレスヘッドホンシステムです。
●寺内: はい、実りあるラウンドテーブルになったかどうか、というのは、みなさん、人それぞれではないか、と思いますが、とても興味深い話題になって、いろいろとご意見が出て面白いな、と私個人的には思いました。
では終わります。ありがとうございました。
拍手
(文字起こし:歳森彰)